I AM LEGEND/ボブ・マーリィ来日コンサート(1979年4月)

1_DSCF3142.jpgI AM LEGEND、今一般公開されているウィル・スミス主演映画。LEGEND=伝説と聞くと、ボブ・マーリィを思い浮かべてしまう。しかし、I AM LEGENDという映画、実は少々ボブ・マーリィと関係している映画のようだ。あまり詳しく説明してしまうとネタばれになってしまうため、詳細が気になる方は映画館へ。今日は、海水魚とはまたかなりかけ離れてしまうが、レゲエファンでもあまり手にしたことは無いのでは?っという一品をご紹介。左の写真、BOB MARLEY TOUR OF JAPAN APRIL 1979のコンサートパンフレット。13年ぐらい前に下北沢のレコードショップで、当時学生だったにもかかわらず○○万円!?で購入した品。世界中でもっとも美しい海、カリブ海から訪れた伝説のシンガー、ボブ・マーリィ来日コンサートのパンフレットをご紹介。レゲエはラスタファリズムという宗教じみたところは好きではないのだが、伝えたいと思う言葉をなにも飾らず人間の言葉で、素直に表現している音楽に魅力をとても感じる。


こちらは表紙。1979年4月。私は5歳になる年。当時の日本ではレゲエというサウンドミュージックはどこまで受け入れられたのだろうか。
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表紙を開いたページ。
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ボブ・マーリィ&ザ・ウエイラーズ全公演日程はこちら。
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参加アーティストはこちら。
#見えないかな。。。?
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1978年、ボブ・マーリィ&ザ・ウエイラーズ・ワールド・トゥアー、それは4月21日ジャマイカ、キングトン・ナショナル・スタジアムから始まった。
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ワン・ラブ・コンサート 1978年4月21日 PM5:00~AM2:00
1978年4月21日、ジャマイカ・キングストンのナショナル・スタジアムには3万人の群衆がつめかけていた。スタジアムにはラスタファリズムの象徴である3つの色(赤、緑、黄金)に仕切られ、各々トゥギャザネス席(2ドル)、ラブ席(5ドル)、ピース席(8ドル)と呼ばれた。
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世界30ヵ国から訪れた記者団約60名、ジャマイカ与野党のリーダー、NBC・TV、キューバ・フィルム団、警察官、数え切れないほどのピース・ムーブメント運動員たち、ミックジャガー、キース・リチャード、カーリー・サイモン、ジョニー・ロットン・・・数多くの人々が見守る中、夕暮れ5時「ワン・ラブ・コンサート」は開始された。
ステージには、エチオピア皇帝ハイル・セェラッセの像が掲げられ、その上にはラスタ・カラーの虹がかけられていた。スタジアム上空に月が昇り、いよいよ歴史的瞬間が訪れようとしていた。
ジャマイカ20年にわたる流血の歴史。
ジャマイカは60年代後半から、今年の1月まで20年にわたりひどい政治不安定の状況が続けられてきた。PNP(与党)とJLP(野党)のみにくい政治抗争は次々と暴動を生み落とし、特にジャマイカ200万人の約半数が住むキングストンでは、失業、住居不足、低賃金に悩まされ、暴動は次々と差別化に増し、遂に政府は緊急事態として急増を続け、キングストン市内は世界で最も危険な区域となった。
1976年12月3日、キングストン市内の自宅で5人の賊によって、狙撃された「ボブ・マーリィ狙撃事件」も、そういった与・野党の政治抗争にボブ・マーリィが巻き込まれたものだった。
●1976年12月3日(金)
この日はちょうどキングストン競技場で行われる予定のボブ・マーリィ&ザ・ウエイラーズのフリーコンサートの2日前だった。12月10日にはジャマイカ総選挙が行われる予定で、PNPのリーダーでもあり、ジャマイカの首相だるマイケル・マンリーは再選を狙っていた。12月5日(日)のウェラーズのフリー・コンサートは、ちょうどマイケル・マンリー支援コンサートの色彩が強いコンサートとなりそうで、JLPはジャマイカ国民に対するボブ・マーリィの強い影響力を恐れていた。午後9時すぎ、5人の賊がマーリィの自宅を襲った。ちょうどキッチンの細長い通路の置くにある冷蔵庫からオレンジジュースを取り出そうとしていたボブ・マーリィ。そして、彼の家を訪れたばかりだったマネージャー、ドン・テイラーがボブ・マーリィと襲撃して来た賊との間に入った形となった。7発の銃弾が発射され、ボブ・マーリィは左肩と頭部を銃弾がかすめ、ドン・テイラーは右足に2発、左足に1発の銃弾が打ち込まれた。
それはアッという間の出来事だったという。その後2週間ドン・テイラーは麻ひ状態が続き医者は2度と歩くことができないかもしれないと言い渡す程の重体だった。
ボブ・マーリィは、その事件の2日後、キングストン競馬場のステージに立ち、俺は政治家の為に唱っているんじゃない!!皆の愛の為に唱いたいだけなんだ・・・っといった言葉を残した後、ジャマイカを離れ、英国滞在のあと、米国マイアミに移り、最新アルバム”kaya”の制作に力を入れた。現在もなお、その、そ撃犯人たちは捕らえられていない。
●1978年1月10日 ピース・ムーヴメント発足
このボブ・マーリィそ撃事件、そして危険で邪悪な暴動の街をきらってジャマイカを見捨てたボブ・マーリィの行動が1つのきっかけとなって、ジャマイカに新しい光が差し込むこととなった。今年1月10日、これまでPNPもJLPも恐れて近づこうとしなかったキングストンで最も危険な地域ピング・レーンとビーストン・ストリートの境界区で2人の勇敢なる人物がお互いに手を結び、ジャマイカに平和を呼び戻すため、ピース・ムーヴメント(ピース・コミティー)と呼ばれる平和運動グループを設立した。
この2人の人物とは、JLP党員のクローディアス・アソップとPNP党員のアストン”バッキー”マーシャルの2人。(マソップは昨年ようやく閉鎖されたガン・コート留置所に30もの罪を犯し、最後まで残っていた人物。一方、マーシャルは体格ががっちりした目の細く顔が細おもての何事もひかえめな人物。)
その後、彼らは着々と平和運動を進め、その最大イベントとして「ワン・ラブ」コンサートを計画した。しかし、そのためにはプロジェクトになくてはならない存在であるボブ・マーリィをジャマイカに呼び戻さなくてはならなかった。ジャマイカの多くの政治家たちは何度もマイアミにあるボブ・マーリィに交渉したのだが、彼の気持ちを口説き落とすことはできなかった。
今年2月、ロンドンに出向いたマソップとマーシャルは、そこでボブ・マーリィをキャッチ。彼らの熱心な説得によって遂にボブ・マーリィはコンサートへの参加を承諾した。
●1978年3月 ジャマイカン・ノーマン・マンレイ空港
この日、ボブ・マーリィは2,000人にのぼるラスタファリアンに出迎えられ約1年半ぶりにジャマイカの土を踏んだ。彼はその足でホープ・ロード56番地にある自宅にたどり着いたが、1年半前のそ撃事件のあとは生々しく壁のいたるところに銃弾のあとが残されていた。(メロディ・メイカー紙)
ジャマイカとラスタファリズム
ジャマイカはレゲエ・ミュージックとラスタファリズムと呼ばれる宗教の発足の地だ。
このレゲエとラスタファリズムの関係は深く、現在ジャマイカには10万人にのぼるラスタファリアンがいる。ボブ・マーリィはその代表的存在だが、彼は勿論のこと主なレゲエ・ミュージシャン、そしてキングストンに住む若者の圧倒的多数がこのラスタファリズム信者である。
彼らは、かつてのエチオピア皇帝、ハイル・セェラッセを黒い救世主(JAH)としてたてまつり、白人の迫害者たちによって黒人たちが迫害を受け続けた歴史にいつか永遠の終止符が打たれることを信じている。彼らはジャマイカの地を自分たちの永遠の土地とは認めず、いつの日が本国(アフリカ)に帰り、黒人の手による国家の建設を成し遂げるのだという理想と信念を抱いている。
ラスタファリアンはエチオピアの国旗でもある赤と緑と黄金の色の3色を象徴として、ボブ・マーリィ、ピーター・トッシュ等が強調するようにマリワナ(ガンジャ)を神からさずけられた草と主張し、ドレッド・ロックと呼ばれるヘビ状の頭をかざし、ジャマイカ国家の革命を主張する。
このラスタファリズムは長年にわたり異端者たちの集まりだとして迫害され続け、しかも刺激的思想としてジャマイカ政権によって強く抑圧され続けて来たが、ラスタファリアンであるレゲエ・ミュージシャンたちの歌う主張は、徐々に国民に強い影響を与え始め、ジャマイカの今後の社会情勢を返還するための大きな力として、その存在感は日毎に強くなってきている。
そういった意味では、この国は世界で最も音楽レベルの高い国であり、人々は世の中の情勢をみきわめる為には、無料の政治演説などには目もくれず、1ドルの金をはらってもレゲエ・コンサートの方が数倍の力を持つのだ。
この4月21日という日は2つの意味合いを持っていた。1つはこの日はちょうど、ラスタファリアンたちの象徴的人物、ハイル・セェラッセがジャマイカを訪れてから12年目の記念すべき日だった。
この感動的な出来事が、ジャマイカにとってどんなに困難な道のりであったかは、この「ワン・ラブ」コンサートの4日前に起こった事件でも明らかだ。4月17日(月)キングストン市内”クリーン・キャンペーン”のための平和デモで暴動が発生、3人の死者を招くほどの凄まじい衝突が起こった。(このニュースはNHKのニュースでも報道)
●そして4日後、1978年4月21日・・・
平和のための「ワン・ラブ」コンサートは3万人の観客が見守る中、予定通り午後5時に始まり、延々9時間にわたって行われた。ミュージシャンは次々と休みなく登場。ザ・メディティションズ、アルシア&ドナ、デリンジャー、パンチ&ジュディ、日本でもお馴染みマンティ・ダイアモンズ、マイケル・ジャクソン、デニス・ブラウン、ルロイ・スマート、そしてイナー・サークル(イナー・サークルのヴォーカリスト、ジャコブ・ミラーは巨大なマリワナ・ジョイントに火を付けマイケル・マンリー首相のまん前に飛び出してきて、警官のヘルメットをつかみ取って「ピース・コンサートでつかまるなんて話しは聞いたこともないからな」っと笑ってみせ、さもおいしそうに深々とジョイントを喫ってはき出しみせた)、ベテランのビック・ユース、ベアース・ハモンド、そして遂にピーター・トッシュの登場!(彼はロビー・シェイクスピア、アル・アンダーソン等をバックに数曲を唱い「俺は平和なんて欲しいんじゃない!ただ正義が欲しいだけだ!」とマイケル・マンリーを非難。最後にボブ・マーリィ&ウェイラーズが登場。「トレンチタウン・ロック」「ナッティ・ドレッド」「ラスタマン・ヴァイブレーション」「ジャー・ラブ」「ジャミング」を次々と歌い続けた(遂に”kaya”からは1曲も歌わなかった)。
そして最後にボブ・マーリィによってステージに2人の人物が呼び出され「ワン・ラブ」は劇的なクライマックスを迎えた。
20年間にわたるジャマイカ流血の歴史が今、その幕を閉じ、そして新しい平和の歴史が始まろうとしている!ステージに立ったマイケル・マンリー首相(PNP)とエドワード・シーガー(JLP)両者の手を取り、そして初めての固い握手と平和への誓いを一人のレゲエ・ミュージシャンが成し遂げたさせたのだ!ボブ・マーリィが今まで歌い続け、そして固く信じていた人間の愛が今ここにはっきりとした形で証明された!緊張の中にあったジャマイカという国がレゲエという音楽を通じてときほぐされたのだ!
この瞬間、ジャマイカ全土の人々が、3万人の観客が、ミュージシャン達も、そしてこの2人の政治家も、今までのありとあらゆる争いを乗り越えて、和解という素晴らしい感動の一瞬を味わったのだった。
午前1時40分、コンサート終了ま近、ボブ・マーリィは参加した全てのミュージシャン、全ての政治家たち、そして警備にあたったすべての警官隊員をステージに呼んだ。彼らは互いに肩を組み、今までの20年間にわたる悪夢をもみ消すように「ワン・ラブ」を合唱した。その声は夜空に広がり、その余韻はいつまでも、いつまでも続いていった。
ひとつの愛、ひとつの心
みんな団結して 幸せになろう
俺は人類全体に 嘆願しているんだ
ひとつの愛、ひとつの心
神に感謝と賛辞を捧げよう
それだけで、俺は満足だ
みんな一緒に この至福を味わおう
・・・・・・「One Love」
顧客たちは各々「ワン・ラブ」を口ずさみながら、家路へとついた。
目的は完全に成し遂げられ、コンサートの利益は「ピース・ムーヴメント」によって使われる。ジャマイカにとってレゲエが、そしてラスタファリズムがいかに重要であるかということが、今ここに立証された。しかもボブ・マーリィが先頭に立って、平和の勝利を勝ち得たことは必然的事実だ。
他の国では決して起こる筈のない事だった。
世界中から集まった新聞記者たちは、この歴史的瞬間に立ち会うことができたことを誇りとし、翌日からジャマイカ政府は国債を取り戻すための国債通貨基金(IMF)の交渉に力を入れ始めた。
そして、報道陣たちは自由に報告することが許された。
ジャマイカは正当な人々に出会え、正当な事ができる素晴らしい国だ。
ジャマイカは「ワン・ラブ」コンサートの力を借りて統一に成功したが、国民はいつまでもその状態が持続していて欲しいと心から望んでいるにちがいない。
「レコード・ミラー」5月6日付けより
BOB MARLEY TOUR OF JAPAN APRIL 1979のコンサートパンフレット引用
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#鑑定してもらったら高い値段付くかな?

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I AM LEGEND/ボブ・マーリィ来日コンサート(1979年4月)” に対して 5 件のコメントがあります

  1. 一語で検索 より:

    マイケル・ジャクソン を一語で検索

    マイケル・ジャクソンでの検索結果をマッシュアップ。一語から広がる言葉のポータルサイト。

  2. 洋子 より:

    はじめまして、こんにちは。
    今、大学の卒論を執筆中です。
    レゲエについて書いているのですが、ボブ・マーリーとワン・ラブ・ピース・コンサートについて調べていたらaquariumzoneさんのブログのこのページに辿りつき、探していた資料が一気に見つかりとても感動しました!!
    もしよろしければ、パンフレットの記事の詳しい内容や写真データをいただけませんか?
    内容を立証しないといけないのですが、他に同じ資料を見つけることができなかったので…。
    突然のお願いで申し訳ありませんが、ご検討ください。

  3. AQUARIUMZONE より:

    こんにちわ。
    忙しくて返信が遅くなりました。
    大学の卒論でレゲエなんて羨ましいですね^^!
    データ良いですよ!ブログに記載されているテキストは、
    パンフレットの一部なので、パンフレットを全ページ撮影した
    画像をメールでお送りします。
    パンフレットからテキストをおこすと大変なので、
    文字が見えるようにパンフレットを1ページずつ撮影しますので、
    画像データだけでよいですか?
    以下までお問い合わせいただければ、
    画像データを整理して返信しますね。全部で32枚ぐらいになると思います。
    info@aquariumzone.jp

  4. 洋子 より:

    こんばんは。
    ありがとうございます!!
    早速メールを送らせていただきました。
    お忙しい中、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
    よろしくお願い致します。

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